羽鳥剛史准教授「ハモニケーションが織りなす小さな世界」

羽鳥 剛史

愛媛大学社会共創学部准教諭

ハモニケーションが織りなす小さな世界

〜「自律」と「他律」のはざまで〜


杉田さんとハーモニーについて様々な機会を通して議論を重ねてきました。これまで杉田さんの主催するハモニケーションワークショップにも参加しましたし、大学においてハーモニーの効果を調べる実験も行ってきました。被災地において地元の子供たちと復興ソングの制作に取り組んだこともありました。私自身はもともとアカペラとは縁遠い身ではありましたが、これまでの取り組みを通して、ハーモニーの奥深さに魅了され、それと同時にその意義深さを強く感じるようになりました。

他者と“ハモる”ということは、何とも不思議な現象です。一人一人が自らのパートを歌いながらも、全体が一体となって一つの歌が紡がれるのです。そこでは、それぞれが一人の個性をもった歌い手として「自律」すると同時に、他者の声に合わせるという意味で「他律」する、――言わば、自律と他律の精神が息づいています。この自律と他律のダイナミズムの中で、みんなの声が一つの旋律となって生き生きと躍動する、そのことに歌っている人もそれを聴いている人も悦びを感じるのでしょう。注)

――しかし、現代を生きる私たちにとって、家庭でも学校でも職場でも或いは地域社会においても、この“ハモる”という感覚を経験する場面はそれほど多くないように思われます。

それどころか、現代社会においては、個人の「自律」はともすると周囲から疎外される「孤独」に転じ、他者への「他律」は周囲の空気に忖度する「迎合」に転じてしまうようです。暗い話題ですが、職場や学校におけるいじめや引きこもり、さらには孤独死や自殺の問題を考えていただきたい。そこでは、集団を支配する空気に怯えながら、本来の自己を見失い、そのことに孤独を感じる人々の姿が想像されます。

こういった時代だからこそ、ハーモニーを通したコミュニケーション――杉田さんの提唱する「ハモニケーション」――が必要とされるのではないでしょうか。

ハモニケーションワークショップでは、参加者全員が一緒に歌うことを心から楽しんでいる様子が印象的です。そこでは、音程を外してもよい、歌が苦手でもよいという寛容な雰囲気があります。それでいてみんなが“ハモる”ことに真剣に取り組んでいます。ワークショップの場は、アカペラという表現を通して一人一人がかけがえのない存在として受け入れられる、言わば“小さな世界”のように見えます。ハモニケーションには、現代社会の中でお互いを認め合える小世界を生み出す力があるようです。それは、現代人に押し寄せる巨大なうねりの中ではほんのささやかな試みであるかもしれません。しかし、その試みが、孤独に悩む人々が本来の自分を取り戻し、不和を抱える組織がその活力を取り戻す確かな一歩になり得ます。大げさな言い方になりますが、ハモニケーションは、私たちが集団の中で「孤独」と「迎合」に陥るのを防ぐための現代社会の“処方箋”と言ってもよいと、私は思っています。少しでも多くの方々がハモニケーションに興味を持っていただければ私も嬉しく思います。

注)hamo-laboと愛媛大学で行った実験によれば、ハーモニーを歌うことにより、一人一人がより利他的になり、集団のパフォーマンスが向上することを示す興味深い結果が得られました。この結果は、ハーモニーを通じて、集団全体が一致団結するようになったためであると推察されます。

「みんなでつくろう♪のむらのうた」ワークショップにて

羽鳥 剛史 Hatori Tsuyoshi

1980年大阪府生まれ。2006年に京都大学卒業後、東京工業大学助教を経て、現在、愛媛大学社会共創学部(環境デザイン学科)准教授。博士(工学)。専門は土木計画学、合意形成論。著書に『大衆社会の処方箋』(共著、北樹出版)、『思いやりはどこから来るの?』(分担執筆、誠信書房)等。